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『三角の積み木』 異聞

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わたしの一番古い記憶は、鉄と油の匂いのする町工場の二階にある自宅で、一人遊んでいるときのものです。

記憶には父も母もいません。

ただわたしは与えられた部屋で、ぬいぐるみたちと積み木をしながら、足元から断続的に響いてくる機械の音を聞いているのです。

ぬいぐるみは熊と、耳が片方折れてしまった兎でした。

熊は言います。

「三角の積み木がないよ」

兎が言います。

「三角のは土台にならないから、いらないんだ」

わたしは言います。

「三角のはお屋根になるのよ」

ガチャンガチャンという金属音が夕焼けの差し込む部屋に響いて、わたしたちはやがて無口になります。

「夜に外をみてごらん。ひとつだけ黒い雲があるから」

熊がそう言って四角い積み木を屋根のかわりに乗せました。

「うん」

わたしはその雲を見たのかどうか、もう覚えていません。

引越しの日に部屋の隅から出てきてから、わたしの宝物になった三角の積み木。

手に取るたび、わたしは今でも窓の外を見あげ、空にひとつだけ黒い雲を探すのです。

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